無能の喪女―平成無職惰性譚—高校編②
最近、温かい日が続いて気分も明るくなります。地元の駅には入園、入学、入社式へ行くであろう人たちをよく見かけ、「あぁ、また1つ何かを登ったな…」と感じます。
ここのところ、喪女はとある分野の勉強をしています。今まで正直言ってしまうと興味のない分野ではあります。しかし、とても優秀な勉強仲間と一緒に勉強しているので正直成績が悪いのあからさまに分かる瞬間があり「なんとか振り落とされたくない」「追いついていかないと」とプレッシャーのもとなんとか勉強しています。そして、以前の生活に比べると気分が前向きに、明るくなったと感じています。相変わらず惨めな姿をさらしていますが喪女史の中で比較的頑張っていることで日々の充実と実感しています。
今回も昔のことを振り返ろうかと思います。本当は私の人生のきっかけである「部活動」について書こうと思いましたが、かなり長くなると思うので学生生活を中心に書いていこうと思います。
①眠りの小五郎
高校の時授業ではほとんど寝ており、特に興味のない科目になると徹底的に寝てい
ました。まず、ひどい眠気に襲われます。眠いけど起きないといけない時は、落書き
をしながらノートを取っていました。それでも一番ひどい時は授業開始10分ほどで寝
てしまうこともありました。相当ひどいですね。睡眠不足なのか、中学校の時の授業
環境とは違うのか地味にストレスや緊張があったのかもしれません…。それでも何と
か食らいついていました。成績は5段階中3~4と恐らく平均的でした。当時の私はこ
の成績で満足していたんですよ。
そして、先生方授業中に寝てしまって本当に申し訳ございません…
②本当は…
初めての電車通学という事で、女子ちゃんは一緒に通学しようと言ってくれました。
誘ってくれるのは大変嬉しのですが正直通学は一人が良かったんです…
理由として、今後お話しする予定ですが部活に入部すること勉強時間が取れにくくな
るので、片道30分~50分の通学時間は私にとって貴重な勉強時間だったのです。
さらに言ってしまえば、私の会話力がないので「無言の時間が苦しい」というのもあ
ります。後、遅刻してしまった時、連絡を入れないといけないのもしんどいですし…
テストが近くなるとわざと時間をずらして通学をして勉強をしていました。
こう見ると、意外と勉強熱心だったんですね。私。笑
③あ、やっぱり…
田舎出身の私は周囲の女子の身なりや所持品について違和感を感じていました。
一個1000円以上するであろうキーホルダー、ハイブランドの財布を持つ子を見か
けました。そこで気づいたのですが「金持ちが多い学校」に入学していたんですよ。
後は、女子トイレに行けばヘアアイロンで髪の毛を直していたり、化粧直しをしたり
と私は今までにない光景を目の当たりにし、「こ、これがカースト上位女子…」と圧
倒されていました。それと同時に、自身が「女性」である意識が全くないことに気づ
いていませんでした。
特に疑問だったのは女子トイレで歯磨きをしている子がいたのですが、それを見て
「汚い」と言っている女子軍団がいました。これに対して私は「え?汚いの?歯を
磨かないで表に出てる方が汚いと思うんだけどなぁ…」なんて思っていました。
社会人に成った今、歯磨きをしていた女の子の事思い出している人いるのかなぁ…
④なぜか委員会に立候補
正直、何故挙げてしまったの曖昧ですが、ただ「風紀委員」という文字がかっこい!
と友達作りの目的もありましたね。後、なかなか決まらないから手を挙げたっていう
のもありました。いまだに覚えているのが、任侠風な男の子から「決まらないから手
を挙げたの?」っと聞かれ、当時女子からの無視もあって人と話すのが怖かった私は
「フ、フヘヘ…」なんて曖昧な気持ち悪い返答をしたような気がします笑 実際真面
目にやったものの、友達はできずそんなに活動もしなかったので委員会活動に入るの
は止めました。もしかするとさぼっていたのかも…笑 えぇい!このくずぅ!!
今日はこんな感じですね。高校1年生の頃覚えていることを書いてみて、無視されても表に出ようとする精神力があったことに驚きました。後、神経図太さ笑
それと同時に、ふと思ったのが私自身の些細な言動が実は周囲にとっては厭味ったらしい、嫌なことをされる原因の引き金だったりするのかなと思いました。そう思うと恥ずかしいですね…
どんよりとした感じでは無く恥ずかしい気持ちを残したまま今日はここで終わろうかと思います…。
青春時代は少ししょっぱい位の方がいいんだよ、喪女